曲阜碑林

(漢魏六朝碑刻陳列室)


 中国3大碑林の1つ(西安碑林、昭陵碑林、曲阜碑林)。山東省曲阜県の城内にある孔廟内にある。その中でも、大成殿東側の廊下にある漢魏六朝碑刻陳列室は、漢代の著名な碑刻がずらりと立ち並ぶ最大の見どころ。東南第一楼には、五鳳二年刻石、史晨碑、乙瑛碑、礼器碑、孔宙碑などの最高峰の漢碑のほか、魏晋南北朝時代の碑刻としては、張猛龍碑、賈使君碑、李仲セン碑等が置かれている。なお、漢魏六朝碑刻陳列室の場所は非常に分かりにくいため、見学される際には、事前によく調べておかれることをお奨めします(入場口の係員や出店の人に聞いても知らないケースが多い)。



漢魏六朝碑刻陳列室東南第一楼内にある碑石を紹介します。建物に向かって右側の入口から入館し、最も右側にある碑から順に掲載しています。




陳叔毅修孔子廟碑(611年)


隋代の隷碑。漢隷の優雅さ、あるいは素朴さはなく、型にはまった感もあるが、落ち着きのある端正な書風の碑である。原拓は殆ど流通していない。





北済夫子廟碑(560年)


・鄭述祖の書。碑面の大半を棄損し、判読できる字は少ない。辛うじて残っている字をみると、隷書から楷書に移行する途上の書体であることが分かる。碑首中央に漢碑によくみられる穿(せん)と呼ばれる圓孔があるが、北済(560年)の碑である。



周府君碑額残石(不明)

・立碑年は不明。碑表は損傷が激しく、何が書かれているかを判読するのは困難。碑の裏側には清代(道光年間)の孔昭薫の題記がある。



李仲セン孔子廟碑(541年)


張猛龍碑(522年)

・北魏・正光3年(522年)の刻。魯郡の太守・張猛龍の儒学振興の功績を称えた頌徳碑。碑陰は立碑に関係した人々の官名と氏名が記されている。非常にキレのある楷書で「魏魯郡太守張府君清頌之碑」と碑額が刻されている。張猛龍は儒学を尊崇して学校を興すなど儒教布教の業績があったために曲阜孔廟内に碑が保存された経緯。北魏時代の代表作品のひとつ。



賈使君碑(519年)




魯孔子廟碑(220年)




陶洛残漢碑(不明)

帰徳橋碑(不明)

竹叶碑(不明)

魯相孔廟残碑(不明)

孔褒碑(不明)

熹平残石(不明)

孔彪墓碑(171年)


史晨碑(169年)

両城山画像石食堂題記(137年)

孔宙碑(164年)

礼器碑(156年)

孔君墓碑(155年)

孔謙墓碑(154年)

乙瑛碑(153年)

除家村画像石題字(158年)

新富里涜石(46年)

安漢里画像刻石字(不明)

舞ウ台刻石(不明)

王陵塞石(不明)

上谷府卿バイウン刻石(7年)

祝其卿バイウン刻石(7年)

五鳳刻石(紀元前56年)

北陛石(紀元前149年)




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